介護と口腔ケア

母を介護しながら

 私の母は、1年半前にくも膜下出血で倒れ、その後寝たきりとなってしまいました。岩手で一人暮らしをしていましたので、地元の病院で療養生活をしていました。そこで私が東京から千葉県柏市に引っ越して母を引き取り、介護をすることにしました。

 千葉に来て最初は、介護病棟のある病院に入院してもらいました。はじめの内は食事も食べることができましたので、朝と夕方、病院に行っては食事の世話をしておりました。一人でうがいが出来ないので、朝は食事前に舌苔をとってあげ、口の中を拭き取ります。食後は歯ブラシで磨いてあげていました。

 母はもともと歯が丈夫ではないので、きちんと歯のケアをしてあげたいと思い病院に相談したところ、ご紹介いただいたのが大石歯科医院の大石善也先生です。

歯科介護

 千葉県柏歯科医師会には歯科介護支援センターがあります。
  1. 食べる機能を回復する訪問口腔ケア・・・近年、歯垢が肺炎を引き起こす事が証明され、週1回の専門的口腔ケアにより発熱の患者さんを半分に抑制できることから、在宅・病院・施設における訪問口腔ケアの啓蒙と活動をしています。
  2. 摂食・嚥下機能療法・・・脳卒中・頭頸部癌術後・神経変性疾患などで、摂食・嚥下障害のある患者さんに対し、適切な食形態の選択と飲み込みのリハビリ。また、経管栄養や胃痩の方も少しずつ食べられるように訓練しています。入院中や退院後の在宅ケアも行っています。
  3. 認知症に対する食事療法と口腔ケア・・・認知症の方に対する口腔清掃と食事の介護などの指導を行います。
  4. 食介護・・・患者さんの摂食を観察することにより、安全で美味しく楽しい食事になるように、介護食、食環境を見直します。
 私は歯科介護というものがあることを知りませんでした。ちょうど母が入院した柏市で歯科介護に積極的に取り組んでいることはとても幸運だったと思います。

口腔ケアの内容

 大石先生が母に対して取り組んでくださったのは、認知症に対する食事療法と口腔ケアです。診察と共に食事の様子を見てケアプランを立ててくださいました。それは衛生士の安福さんが週1回の口腔清掃を行いながら、食事の介護について指導をしてくださるというものです。口腔ケアの時間は30分ほど、食事の様子を見てくださるときは1時間になることもあります。

 まず、唾液を出すための顔のマッサージを行います。頬や耳の下、唇の内外、舌を丁寧にマッサージします。口の乾燥を防止するためにオーラルウェットで口を拭ったり、スプレーで湿らせます。嚥下をしやすくするために喉をマッサージし、その後で歯のブラッシングなどをやってくださいます。一つ一つの動作の前には必ず声をかけると共に、常に笑顔を絶やさずに接して、患者の緊張をほぐしてもくださいます。

 私が立ち会えない時には連絡メモを残してくださるので、その日の様子を知ることができます。ある日のメモには「下の前歯よりやや出血がみられました。上の歯の方が歯の揺れが大きいようなので、歯ブラシをするときに少しマッサージをするようにブラッシングをすると効果的かと思います」というふうに、その日の具合と共に家族がケアする時の注意事項が書いてあります。

 私もケアのやり方を教わり、毎日やってあげることができました。やはり、自己流のやり方とは大きな違いがあります。特に1つ1つのケアの目的が判ると、母のその日の容態に合わせてケアの内容を変えたり、いろいろな工夫をすることができます。ケア専門の歯ブラシなどをいただけたこともよかったです。こういう専門的な材料は普通の薬局では手に入りませんし、そもそもどんなものを選んでよいか判らないからです。

 大石先生は、口腔ケアのほかにも、症状に合わせて食事のことを病院にアドバイスもしてくださいました。先生のアドバイスにより、病院でも食べやすいメニューにしてくださいました。口腔ケアの重要性を病院に判ってもらうことが大切ですし、なにより歯科医との共同体制を作って患者のケアにあたっていただけることが家族としてはとても頼もしく感じられました。

 また、母の容態が悪くなり、食事ができなくなった時には、これからも自力で食事できるようにするためには今が一番大切な時だと言われ、一週間に4回も来てくださいました。

口腔ケアという介護

 私の場合、病院に行って母の世話をする目的が、最初は食事の世話でした。病院ですからすべての介護はスタッフの方々がやってくださいます。しかし、食事についてはゆっくりと時間をかけてもらうことができないので、家族が交代で行っては食べさせていました。

 一緒の病室の方にも同じように食事の世話をするために家族が通ってくる方がいらっしゃいました。その患者さんの具合が悪くなり食事ができなくなると、家族の方は何をしてよいか判らなくなり手持ち無沙汰になっていました。家族のために何かをやってあげたくとも、やることがないというのは辛いものです。

 私の場合は大石先生のおかげで、介護の目的が食事から口腔ケアに変わりました。食事ができなくなっても、むしろ食事ができなくなってからのほうが、口腔ケアは必要だと思いました。

 病院に行くと母の表情がいつもと違うと感じる時があります。そんな時はたいてい、口の中が乾燥してカサカサになっています。そうなると顔がこわばって笑顔をつくることも、言葉を出すことも出来なくなるのです。そこで、乾燥してしまった舌をしばらくの間ガーゼで湿らせ、そのあと口内を拭いてあげるようにしました。その後で、マッサージやブラッシングを行います。口腔ケアをはじめると、それまでこわばっていた表情がゆるみ、あくびが出てきます。終わる頃には、本当に気持ちよさそうにしており、笑顔を取り戻し、言葉も出てくるようになります。

癒される介護

 私は、毎日のように1時間くらいかけて口腔ケアをすることもありました。それによってきちんと母に向き合って介護をすることができました。それが自分の気持ちのあり方としても、大きな充足感につながったと思います。

 そして、口腔ケアを始める前は無表情だった母が、微笑みを取り戻し、ある時は「ありがとう」とも言ってくれます。この笑顔にどれだけ癒されたことでしょうか。

 よく人からは、介護をしていて大変ねと言われますが、私にとってはそんなことはありません。むしろ介護によって癒されたのは私の方です。そう感じるきっかけを作ってくださった大石先生に感謝しています。

 大石先生は、このような歯科介護をもっと広めたいとお考えです。私からは、口腔ケアが患者のみならず、家族にとっても大切な役割を果すことをお伝えしたいと思います。
(Y・T)